「お前がさっさと金を払わないからそうなるんだぞ……ほら利子分払ってもらおうじゃないか」 「それは先週支払ったはずですよ!?」 「事情が変わったんだよ!! お前が口答えできる立場かあぁん!?」 男は胸倉を掴み上げようとするが、ロンドさんがそうはさせない。 「手を出すなら流石に黙っては居られなくてね」 「そうですよ……いい加減にしてください」 わたしも怖けず、倍近くある体格の奴らに凄んで見せる。だがロンドさんの圧にすら反応しないのにわたしでどうにかなるはずもなく、一人がこちらに迫ってくる。 「どこの誰かは知らないがガキは引っ込んでろ」 「ガ、ガキって……あなた達本当に……」 こちらが反抗の意思を見せると男は更に詰め寄ってくる。 「どうやら痛い目見ないと分からなくらい頭が弱いらしいな」 拳が強く握られ、ぎゅぅぅと鈍い音を立てて男はそれを振り上げる。 「危ない!!」 ロンドさんが止めに入ろうにも他二人が邪魔で咄嗟に近寄れない。 (頭……が……) 突如世界の全てがスローモーションになる。拳が止まったようにゆっくり動き、ロンドさんの発する声も鈍く低い。 (意識が……) 遅くなる世界に対して頭痛は加速していき、わたしは意識を途切れさせるのであった。 ⭐︎ 「お、おい大丈夫か!?」 次に意識が戻ったのはどれくらい時間が経った後なのだろうか。拳を振り上げていたはずの男が目の前で蹲っており、他二人が背中を摩っている。 周りの反応や陽の光の入り方から等から推測しても数秒程度しか時間は経っていなさそうだ。 「ごほっ……テメェよくも……!!」 「ここは引いときましょう……」 先程までの威勢はどこに行ったのか。男二人は倒れた奴に肩を貸し、そそくさとこの場から立ち去ろうとする。 「待っ……いやそれより大丈夫ですかご婦人」 ロンドさんは暴行を加えた奴らを引き止めようとするが、腫れた頬を抑える彼女を優先する。わたしも台所を貸してもらい、タオルを濡らし腫れている部分に押し当てる。 「ありがとうございます……」 そこまで酷い怪我ではない。腫れてはいるものの数日、早ければ今日中にも治るだろう。しかしその間に男達は店から出て完全に逃げ去っていた。 「ご婦人今のは?」 「借金取りです……夫がここを始めた際に借金をしたのです
「いらっしゃいま……あら? もしかして探偵のお方ですか?」 事前に師匠からわたしの容姿等の話は聞いていたのか、お店に入るなりすぐにこちらに話しかけにくる。 「はい! プロメス探偵事務所のシュリンです!」 「それと……あら? 所長さんは……?」 「それが所長は別件の方に対応しなければいけなくなりまして……大変申し訳ございません」 「あ、いえいえ大丈夫です! こちらの依頼もダメ元だったので、対応してくださるだけありがたいです」 パン屋の店主である女性は人当たりが良く、こちらの不手際に優しく対応してくれる。 「ところでそちらの男性は……?」 「僕は今日から探偵事務所を手伝うことになったロン……ネフィリムと言います」 (あ、そっか。ロンドさんは貴族ってバレたら色々ややこしいことになっちゃうよね……) 彼の意図を汲み取りロンドさんは探偵見習いの、わたしの部下ということにして話を進める。 「それでその……頼んだ人探しの人物というのは、一年前に失踪した自分の夫なんです」 「一年前……ですか」 人探しと聞いていたので、数日前とかの子供の捜索などを想像していたが、現実は昔の成人した男性だった。 今まで人探しをしたことは山ほどあるが、一年も時間が経っているパターンは初めてなので来て早々自身が少し揺らいでしまう。 「一年前に居なくなったというこですよね? その直前に何か旦那さんに変わったこととかありませんでしたか?」 「いえ特には……ただ今思えば少し元気がなかったような……自分が気が付けなかっただけでもしかしたら何か悩みを抱えていたかもしれません」 女性は思い返すように遠くを見つめ、過去を悔いる様に頭を抱える。 「衛兵さんとかには相談しなかったのですか?」 「居なくなってからすぐに相談したのですが、手がかりはなく捜査は打ち切られてしまいました」 手がかりなしの状態で半年以上も見つからないのであれば、事故死か失踪を疑われ基本的に捜査はされなくなる。大抵はそうなる前に生死を問わず見つかるが、今回はその場合には当てはまらなかったようだ。 「難しい依頼ですがわたし達なら……」 「いえ、そちらに依頼したのには理由があるんです」 「理由……?」 「一週間程前、街を歩いている時に旦那を見たんです」 「それは本当ですか!?」 「えぇ
目の前の、わたしを助けてくれた男性がこの街を仕切る領主の息子。そんな信じられない事実に開いた口が塞がらない。 「自己紹介が遅れてすみません。僕はロンド・テオス。所長が紹介してくれた通りこの街の領主の次男です」 彼は相当な地位の者だというのに、威張ったり偉ぶったりする様子はない。寧ろ物腰丁寧で従者のようだ。 「え、えーとその……」 「そんな畏まらなくてもいいよ。今はお忍びで来てる、ただのロンドだから」 「は……はぁい」 とは言ったものの、やはり緊張してしまう。 「とにかく二人で調査頼むぞ」 「はい……って、わたしとロンドさんでですか!?」 「おうそうだぞ。二人で協力して頼む」 「い……いやいや貴族の人をこき使うなんて正気ですか師匠!?」 領主の息子をこき使うなんて、こんなことバレたら下手したら打ち首ものだ。 「いえ僕は別に大丈夫ですよ。今はただの一個人ですし、こういう探偵の調査とかもしてみたかったですから」 師匠とロンドさんは乗り気で、狼狽えているのはわたしだけだ。結果多数決で負け彼が同行することになる。 無論嫌ではないし、こんなカッコいい人と仕事ができるなんて寧ろ光栄だが、緊張のあまり集中力が落ちて自慢の洞察力が鈍ってしまう。 (そうだ……緊張を無くすためにも何か世間話でもすれば……!!) 「あ、あの〜ロンドさんって普段はどんなことをしていらっしゃるんですか?」 「基本的にはイメージ通りだと思いますよ。税の管理や政治をやったり……あ、でも僕はよくこうやってお忍びで来たりとかしますかね」 「え……危なくないんですか? そういうの」 ロンドさんは確かに良い人だが、貴族である以上敵も居るだろうし街中を護衛を付けずに歩くなんて危険極まりない。 「どちらかというと顔が割れているのは兄さんや父さんですからね」 「あー確かに……話を聞くのは長男とか領主様が多いですね」 思い返してみれば街の人と話す際に話題に上がるのはいつも彼の父にあたる領主様や、兄にあたる長男についてだった。次男であるロンドさんに関しては好青年というくらいしか聞かない。 「やっぱり領地を治める者として実際に人と会いたくて。上でふんぞり返って、民の気持ちも分からない貴族にはなりたくないですから」 「……すごいですね」 あまりの人格者っぷりに、こ
「どうしたんだい? 顔が赤いけど……」 「あ、いやその……何でもないです!! とにかくありがとうございました!!」 わたしは深く頭を下げてから逃げるようにその場から駆け足で立ち去り事務所に戻る。 「おかえり〜どうしたんだそんな息切らして?」 事務所では師匠が紅茶を飲んで依頼の資料などを整理していた。こちらまで良い香りが伝わってくる。 「な、なんでもない! とにかくお昼ご飯作るね!」 「お、おう……」 今日のご飯担当はわたしなので、火照った顔を冷やすようにこっちに集中するのだった。 ☆ 「んぅ〜やっぱシュリンが作るパスタは最高だな!」 わたしが作った料理はトマトソースのパスタ。トマトの酸味と旨味がパスタに絡んでおり、具のキノコも香りを引き立てることに貢献しており二感覚で料理を楽しめる。 「あ、そうだシュリン。これからは夕方以降も外を出歩かないようにな」 「あー最近何かと物騒ですもんね」 「まーそうだが……そうだな。今や実の娘当然のお前に危険な目には遭ってほしくないからな」 師匠はお人好しな人で、拾ったわたしの面倒も見てくれたし今や親同然の人だ。 「なぁシュリン。最近お前眠れないだとか疲れが取れないみたいな悩みあるか?」 「え? 別にないけど……もしかして今わたしそんな顔色悪い?」 突然探るようにこちらの顔色を窺ってくるので、つい不安になりペタペタと自分の顔を触る。 特段熱かったり隈があるといったわけではないし、気分的にも良好だ。 「そういうわけじゃないんだが……いや、問題ないなら良いんだ。今日は仕事を頼むかもしれないしな」 「誰か依頼人が来るの?」 「あぁ。多分今までで一番大物かもな」 「へぇ……大物かぁ……」 どんな人だろうかと想像を膨らませる。白馬に乗った王子様……は言い過ぎだとしても、きっと気品のある殿方なのだろう。 そんなことを考えていると、ふと先程助けてくれたあの人の顔が脳裏を過ぎってしまう。 (はぁ……名前くらい聞いておくんだった……) きっとわたしは二度とあの人とは会えないのだろう。ここら辺では見ない顔だったし、何らかの用事で来た可能性が高い。数日後にはもう違う街へ行っていると考えるのが自然だ。 食事も終えそのお客さんに備えて掃除などして準備しておく。 「おっ、来たな」
その日は雷雨の夜だった。手元にあるランプだけが頼りで、しかし時折鳴る轟音が刹那の間全てを映し出してくれる。 今一度雷が落ちる。窓のすぐ側に落ちたのか、ガラスを大きく揺らす。 「ごはっ……!!」 私の血を吐く音が雨音に混じり溶けていく。目の前に深くフードを被ったロングコートの男が居た。その手に持った、血が滴るナイフが闇夜に光るのであった。 ⭐︎ 「シュリンちゃん? おーい!」 「はっ……!!」 師匠に頼まれたお使いの最中。わたしはボーッとしてしまっていたようで、商人のおじさんに意識を戻される。 「どうしたの?」 「なんかぼーとしちゃって……」 「それよりはいこれ林檎一つおまけね」 「わーありがとうございます!」 行きつけのお店の店主からおまけに林檎を受け取り、それを鞄に入れ帰路に着く。 「ん〜美味し〜」 シャキっとした食感に甘酸っぱい味。噴水の流れる音や馬車の走る音を聞きながらそれを味わう。 (そういえばわたしが記憶を失ってからもう二年かぁ……) わたしがこの街で探偵の師匠に拾われたのは二年前。聞いた話によると雷雨の中倒れていたらしい。 今日までずっと探偵のツテや療法など用いて記憶を取り戻そうとしたが、それが実を結ぶことは一回たりともなかった。 (ま、もうここまで来たら……戻らなくてもいいか) 正直に言って今の生活はかなり心地が良い。探偵業をやるのも中々に楽しいし、この街の人達も優しく友達や知り合いもたくさんできた。 「ま、先のことは先に考えればいっか!」 わたしは明るく前向きに未来を考えることにして、歩幅を大きくさせる。だが突然右腕がグッと引っ張られ、林檎を落とし路地裏に連れ込まれる。 「んむむぅ〜!」 抵抗しようとしたものの、わたしを掴むその腕は太くとてもじゃないが勝てない。 「だ、誰!?」 やっと口だけは解放され、わたしは屈強な男二人を睨む。腕や顔に刃物で傷つけられた様な跡があり、人相も相まって明らかに表の人間ではない。 「テメェこの前はよくもやりやがったな……!!」 「えっ? 何を……ですか?」 適当に因縁をつけてきたという訳でもなく、二人は明確に、真剣に恨みからくる敵意をこちらに向けてくる。だがわたしはこんな強面と面識などないし、恨みを覚えられる筋合いはない。 「三日前の